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2009年3月26日木曜日

卒業式も終り

3月10日に卒業式も滞りなく無事終了し、担当の生徒も笑顔で
巣立って行きました。
担任の配慮で、私にもお礼のカードを書いてくれており、
最後に恥ずかしそうに手渡してくれました。
そして同時に私の任務も終了となりました。

結局のところ、支援員という私が入って役に立ったのかどうか
よくわかりませんが、とにかく私も含めて関わる大人が
悩んだり汗をかいたりして、皆で力を合わせて見守るのが
最大の手助けなのかな、と感じました。

また卒業式の後、職員室で皆様から大きな花束をいただき、
大変恐縮しました。
教頭先生には配置が決まった時から本当に良くして頂きました。
当該生徒に対しても自分のことのように親身に考え、一緒に
考えて、どうしようもなく上手くいかない時には相談に乗って
いただき励まして下さり、非常に支えていただきました。

わずか4か月、実質は2か月ほどの日数の勤務だったのに
申し訳ないくらい、先生方と同じように扱っていただきました。
一生懸命に考えて働きかけ、色々やってみましたが、
力及ばずな面が多々あって、もっとできることはなかったか
反省しきりです。いつか恩返しがしたいです。

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2009年3月19日木曜日

中学校の特別支援学級

中学校における特別支援学級について考えています。

教育ブログ村の中で、通級教室に通っている子どもは
不登校のケースが結構ある、という記述を見ました。
私はこれ凄くよくわかる気がします。
通級教室は、その子にとって「他と比べて自分が劣っている」
と感じてしまう要因がないからだと思います。
その場で、自分が普通であるという安心感があるから
なんじゃないかと思います。

知識も経験も浅く勉強不足な私ですが、現場を見て
中学校における特別支援学級は大変難しいと感じました。
知能指数50~60台だと、身辺自立はできているし、
学力的に遅れてはいても、一般的な理解力はある場合が
多いのではないかと思います。
学校に評価というものがある限り、特別支援学級の生徒たちは
どうしても「自分たちは遅れている」と感じざるを得ません。

また、総合的な活動や技術や家庭科、音楽などの教科で
普通クラスに戻れば、自意識過剰な中学生の時期に、
慣れ親しんだ場所ではない、よそ者的な立場で授業に
参加することは、下手をすると学力面での差が目に見える形で、
皆の前に置かれるようなものなのではないかと思います。

学力面での差が全ての価値ではない、と私自身も
感じていますが、やはり学校という場においては
重要なファクターであると感じます。
学力が足りないと対人関係にもトラブルが起きやすいように思います。

もちろんこの時期の仲間、同年代の友達は非常に大切だし
孤立させることには何の価値もないとは思いますが、
中学校という、学力の差も著しい思春期の生徒たちに
劣等感を抱かせずに、生き生きした支援をするというのは
一体どうしたらいいのか、悩みが尽きません。

やっぱり学力の支援が一番大切な気もします。
笑いやお楽しみも外せないし、皆の中で自己肯定感を
育むのがポイントなのか・・・

どこか目標となるような取り組みをしているところは
ないかなぁと探しているところです。

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2009年2月14日土曜日

全体的に形が整った感じ

私が支援員として入ってから実質二か月ほど過ぎ、
私自身も子どもたちも慣れてきたせいか、形が整ってきました。

やむを得ない事情もあるので、遅刻は多いものの欠席も減り、
おおよそ1時間目には登校でき、先生方の指示も割とよく通り、
親学級での授業も参加できることが多くなりました。
言葉使いも問題視するレベルではなく、何より学習への取り組む
姿勢が前向きで、私としては内心万々歳です。
現在もちょっとした服装の違反や持ち物の違反もあったり、
先生方から見たらまだまだ満足は行かない点も多々あると思いますが、
私としては、その子の気持ちが安定していて、話ができる関係が
保たれていることが一番のように思います。

担任との関係も私が期待するような方向へは向きそうにもありませんが
それなりに確立されつつあります。
もう少し一緒に関わっていくという態度が欲しいなぁと思いますが、
このスタンスは変わりそうにもないので、ある意味自分の考えで
自分の城を築かなければいけないんだろうと思います。

私の今月の給料は税引き後4万円ほどです。
私自身は全く自信も実力もなく、何もできない無力感で一杯になることも多々
ありますが、私に対する対価と現状を鑑みて費用対効果で考えれば、
私の働きは十分だろうと思えないこともありません。

今度の4月から入る予定の学校での状況を聞いてみると、
支援員要請の対象生徒の人数が複数人とのことです。
内容を聞いて感じるのは、現在の学校と同様先生方が非常に困っていること。
先生方でも対応に苦慮してどうにもこうにも・・・という状況が見て取れます。
プロの先生方でも苦慮している状況に素人が入っても無理じゃないか、と
またまた思っております。

現状「中学校で支援員の要請がある状況」というのは、身体的な補助の
ケースを除けば、ほぼ「大変で手に負えない生徒及び保護者」
がかなりの割合を占めるのではないかと想像します。
また、先生方のプライドもあり、まだ事態がそれほど悪くない時期に
ヘルプが出せない風土もありそうで、非常に困難な状態になってから
支援員が入ることになることも少なくないのではないかとも思います。
また要請数は多く出ているようですが、実際に配置されるのはごく
一部で倍率もかなり高く、本来ここで人手があれば、という状況では
落選となってしまっているようです。

少子化少子化と言われているのに、特別支援の必要性だけは高まり
地元の特別支援学校もどこもかしこも定員以上にぎゅうぎゅうです。
色んな面で根本的な見直しが必要なのだろうと察せられます。
まだ数カ月しかたっていませんが、現場で汗水たらして奔走している
先生方の大変さが少しばかり垣間見えました。

来年度も支援員としては厳しい環境を覚悟しておいた方がよさそうです。

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2009年2月2日月曜日

関係が落ち着いてきました

問題だった子どもとの関係が改善してきました。
付かず離れずのちょうど良い距離になってきました。
時間をかけてもう少し近い所に行きたいと思います。

私の話を聞く耳を持ってきているし、
学校でなるべく問題を起こさないように努力もしています。

彼らは人との関係の作り方というものを間違って
学習してしまっていると感じます。

最も身近な親しみを持つべき人たちとの関係を築けません。
現状、良識を持った大人たちが相手なので、大人の方が
完全に子どもたちに合わせる形です。
言葉も態度も大変に問題ありですが、大人の側が吸収して
やり過ごす場面も多々あります。
本当は親しく付き合うべき人たちとの関係を破壊するような
言動が身についています。
同級生とは普通の関係は難しいだろうと思います。

眼には見えない「自己評価を上げる」こと、大事にしたいと思います。

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2009年1月28日水曜日

学校の思い担任の思い私の思い

どうにも手がつけられなかったといういきさつもあり、
モニカ(仮名)には細かな指導計画なんていうものも存在しない。
というより厳密には、私には知らされていない。
私は一体何をすればいいのかわからなかった。
最初だけは上手くいったけれど、先生や私の指示に従わなくなり、
次第に荒れていた頃に戻っているらしい。

過去の経緯や本人に聞いた話を総合しても、私から見ると
3月までの間はトラブルなく落ち着いて学校に通えれば
十分ではないかと思われて仕方ない。

本などを読んでもモニカのことではないかと思われるほど
症状もぴったり一致しており、生育環境による強烈なダメージが
モニカに大きな影を落としているのは明らか。
それはそう簡単には変えようもないもののように感じる。

そう、現状認識が甘すぎるのではないか?

一般クラスの不登校の子どもには別室登校を認めているのに
支援級の子どもには認めないのはなぜだろう。
親学級に入れないことをどうして聞き入れてくれないのだろう。
「好き勝手は許されない」先生方はそう言うけれど
だからと言って無理強いすれば、結局また荒れた状態に
逆戻りするだけのように思えて仕方ない。
モニカには不適応があっても不登校になる事すら許されていない。
誰もモニカの責任を取れない。
暴れるしかないじゃないか、と思う。

学校は学校の都合が優先だし、担任は担任の仕事を
しなければならない。そこからこぼれた子どもは行き場を失う。

もう少し学校も柔軟に対応し、本人たちに合った支援ができないものかと思う。
そもそも本人たちも交えて何ができて何ができないかを
話し合えないものだろうか・・・
担任が学校がしてもらいたいと思っていることと
私がモニカができそうだと思うことには大きな開きがある。

私には彼女たちも「ここまでは頑張るからここから先は無理」と
精一杯の努力をしようとしているように見える。
嘘もついたりごまかしたりもするけれど、本人たちとは別のところにある
ルールを外から押し付けても長い目で見たらいいことはないと思う。

私が何もできないのは力がない事と同時に
彼女たちの苦しみがひしひしと感じられてしまい、
形にはめようとすることができないからかもしれない。

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2009年1月19日月曜日

緊張しっぱなし

支援員としての立ち位置がわからない、ということは
つまり、非常に緊張していて落ち着きがないということです。
休みが続いた日の次の日など、朝家を出る前から緊張して
トイレが近くなったり、ソワソワしたりとまだまだなじめません。

先生方はよくあんなにリラックスして集中して連日
子どもたちに接しているものだと感心するくらいです。
というのも、どういう対応でどんな支援・声かけをしたらいいか
その場その場で判断をしなければならない状況が多々あり、
1人1人がユニークで、思春期真っ只中の中学生であることも
手伝って一触即発の時も少なくありません。

「今この状況にどう対応すべきか」

危機的な状況に、ない頭をふり絞ってその子に今必要な言葉を
探し冷静にさせることに私なりに全力を注ぎます。
その言葉に反応して落ち着いてくれると、これで良かったのかと
確認したり、もう少し別な面から介入した方が良かったかとか
あのやり方がまずかったから次の行動を引き出してしまったとか
一つ一つ確認しながら動いています。

普通に考えて良かれと思うことが必ずしもそうではなく
時として全く逆効果なこともあり、周りの大人の対応一つで
こうも子どもの気持ちや行動に変化があるのかというくらい
周囲の対応は大切だと思い知らされます。

現状、私の行動一つで落ち着いて下校まで過ごせることもある一方
ちょっと対応を間違うと、大変なストレスを抱えさせてしまい
下校まで過ごすことが危ういこともある紙一重の状況が続いています。

でも教科によって教室移動をしたり、先生が変わったりするので
子どもの状況を掴みにくい中、私のようにずっと付いていると
朝からの流れがよく見え、「あの一言が後を引いてるな」とか
「あの活動のストレスが大きかったから少し休ませてもいいかも」とか
子どもたちの調子がある程度わかります。
その利点は今後も生かせそうです。
先生方はずっと付いて見ているわけではないので、今調子がいいのか
悪いのかを把握しずらい面もあると感じました。

個人的にはやはり午後や全校集会の後など疲れが溜まってくる
時間帯は無理をさせない方がいいように思うので
子ども達の事情に合わせてもらえるよう何かの形で先生方に
伝えて行ければいいなと思います。

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2009年1月15日木曜日

支援員の立ち位置

私は支援員の仕事は初めてだし、周囲に同じ立場の人もおらず
研修会やら講座なども参加経験がないので、他の人が支援員として
どのように動いているのか全くわかりません。
希望的には採用の段階で教育委員会なり関係機関が研修会をしてくれると
ありがたいなぁと思います。

小学校の普通クラスの子、支援級に入ってる子、
中学校の普通クラスの子、支援級に入ってる子、
所属よっても違うだろうし、男女によっても違うだろうし、
支援員個人の能力もあるだろうし、それぞれケースバイケース
なんでしょうが、立ち位置がまだよく掴めません。

支援員は何かを教える立場ではないので、一応「先生」を
呼ばれながらも一般の先生方のようにリーダーシップを発揮する
ことはありません。
決めたり指示したりすることもないので、子どもたちから見ても
じゃぁ一体何をする人ぞ、という感じも否めません。
現状では私は自分のことを「子どもたちを勇気付けたり励ます役割」と
位置づけて本人なりに頑張っている点をピックアップして言葉にする
ことに力を入れています。

たまたま先日帰りのホームルームが終わった後少し時間があり、
子どもたちと話している時にこんな会話になりました。

A子:「先生は何をするためにいるわけ?」
私:「私は本当の先生じゃないから、授業をしたりあなた達に何かをさせたり
   評価したりすることはないよ。」
A子:「この学校でこれから先生になりたいわけ?」(教育実習と思っている?)
私「いや、ならないと思う」
A子:「じゃぁ何?何なの?」
私:「皆はさ、しちゃいけないこととかこうしなきゃいけないことは
   注意されるけど、これはナイスとかいいことをした時は言われないでしょ。
   私はそれを言葉にして皆に伝えたいと思ってるのよ」
A子:「ふ~ん」
私:「あと苦手だけど誰かが手伝ってくれればできそうだ、ということに
   手を貸す役。」
A子:「ふ~ん」
私:「一人だったら参加できないけど誰か一緒ならできそうって感じてるなら
   周りの大人は本当は手を貸したいと思っているんだよ。
   私ならいつでもそういう手助けができるからね」
A子:「ああなるほどね」

と納得してくれたのでした。

さらに担任との関係が重要ですが、四六時中支援員に監視されて
いるかのような状態というのも負担なのではないかと
思ったりもします。
私は現場が中学校なので各教科先生方や、5教科以外は
親学級に戻るので色々な先生方と接します。
言葉で言われたわけではありませんが、基本的に学校というのは
先生よる王国的な側面があるので、生徒以外の大人が入るということに
抵抗感がある人が多いように思います。
問題がある子がいても「あぁ大丈夫ですよ」という雰囲気。
その子にとって支援員が必要かどうかという視点ではなく、
自分の力でまとめられるし手助けは必要ない、という視点です。

大人が一人加わることで、盛り上げたり空気を柔らかくしたりする
ことに柔軟に受け入れてくれる先生もいるし、どこまで参加したら
いいのか読み辛い先生もいます。

各教科の先生方に、どのように問題点があってどのように関わっていったら
いいのか聞いてみようかと思っていますが、「いやぁ特にないです」
と言われそうな気もします。
私の担当の生徒は夏以降ほとんど学校に来れていない状況
が続いていて最近ようやく学校に来ることができた段階なので、
徐々に少しづつ進んでいけたらと思います。

今は多くを求めず、あなたはそのままでOKというメッセージを
沢山送りたいと思います。

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2009年1月8日木曜日

先生との距離感

何十年振りかで自分の子どもも通う「中学校」という現場に
足を踏み入れてみてまず感じたのは先生と生徒の距離感。

全く同年代の子どもが家にいると、普段子どもたちが
話していることや考えていることがかなりわかる。
そういう目で先生を見ると、その両者はかなりかけ離れた存在だ。
それが特別支援学級の特性なのか学校全体なのかは
わからないけれど、とてつもなく遠い存在であることは確か。

「生徒から見ていると」先生というのは傍若無人な権力者。
それに従っている生徒たちの従順さが異様にも思えてくる。

実際には先生と生徒は節度をもって親密な間柄なのかも
しれないけれど、そのギャップに驚くばかりだ。
学校という所は本当に不思議なところだ。

中学生ってもっと大人だし力もあるのに、なんだか能力がない者の
ように行動させられちゃってる感じがする。
もったいない。

でも私が行っている学校は、学力も低く問題の多いところだけれど、
とても純粋な子どもが多く、そのまま保存しておきたいようなところだ。
何とか皆元気に活気溢れる学校生活を送って欲しい。
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2009年1月6日火曜日

今年の抱負

簿記3級を取る。
通信教育で特別支援知的障害の免許を取る。
特別支援教育士の認定に向けて勉強を始める。

随分と大きく出ました私。
実際現在ですら支援員として全く素人で
うろうろしているだけの私ですが、
何とか少しでも力をつけたいです。

特別支援学級の担任からもコーディネーターも
私にどう動いてもらいたいかという指示はなく
計画もおそらくないと思います。
何を目標にどう動けばいいのかわかりません。

一方で誰か一人に個別の計画を立てたところで
どうしようもない、というくらい全体的に大変な
学校でもありますので、気持だけが焦ります。

ということで今年は具体的に明確に行動しようと
思っています。
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2008年12月27日土曜日

上手くいったことと失敗したこと

仕事を初めてまだ数日、右往左往の日々ですが、
上手くいったことと失敗したことの両方がありました。

上手くいったこと。
その日、クラスの一人ジェシカ(仮名)が3時間目になっても
学校に来ていませんでした。
机の上が空いていた事もあり、隣の席のダン(仮名)が
ジェシカの机の上に自分のノートとペンケースを置いていたら
ちょうどジェシカが教室に入ってきました。
しばらく見ていても、ダンは自分のノートとペンケースを
片付ける様子もないので、片付けるよう頼んでみました。
ダンは私の言ったことは無視していました。
私がノートとペンケースを持つと「触るな」などと怒りながら
それらを自分の机に移動させ始めました。
その時に「ノートとペンケースを移動させてくれてありがとう」と
声をかけたら、とたんに悪態は消え無言になりました。

失敗したこと。
全校集会で、うちのクラスの生徒たちはそれぞれ自分の
親学級の方に参加していました。
その後の予定が全然わからなかったので、ちょうどそこにいた
ダンに「これから何があるの?」と気軽に聞いてしまったら
「うっせーよ」とか何とか悪態をつかれてそっぽを向かれました。
あぁ、そうかクラスの外では支援級であることはご法度なのか。
気が付かなかった。

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2008年12月23日火曜日

伝えたい言葉

子ども達に伝えたい言葉。
公共広告機構で流れているCM。

くじけそうなのは、あなたが進んでいる証。

しかられたのは、あなたが愛されている証。

つらいのは、あなたがあきらめていない証。

「生きている」という証を、感じてほしい。


子どもは大人の都合や気分で叱られていることも結構多いと
思っているので私の担当している生徒には2行目はいらない。
うざい、疲れた、しんどいと感じ表現しているってことは
まだあきらめていない証拠でもあるのだ。
子どもたちがあきらめていないのだから大人が
子どもの成長をあきらめるわけにはいかない。

希望はあるのだろうかと途方に暮れてしまいそうになるけれど
あの子達は決してあきらめてないんだ、と確信した。

私も頑張ろう。
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2008年12月22日月曜日

苦手な全校集会

全校集会がありました。
ナンシー(仮名)は登校二日目にして最も苦手な全校集会。
前日から「私は出ない」と言い続けていました。
もう一人なかなか参加できない子がいてその子と二人で
体育館まで行くのに一苦労、入口で一苦労して何とか
自分の親学級の一番後ろに座りました。
(おぉっスゴイ!)
しかもそれから最後までじっと座って静かに参加できました。
(私的には花丸!)

でも先生方は参加できたことにはあまり反応せず。
担任の先生も無言・・・
できて当たり前のことは褒めてもらえない様子で、
私だけが「すごく頑張ったね」的な感じでした。

その後頑張りの糸が切れて、教室から出て行ってしまい
私だけでは治まらず、ヘルプを頼み落ち着きました。
全然力になれず無力感でしばらく落ち込みましたが
少しづつ信頼関係を築く段階だ、と自らを慰めています。

私の分析では、全校集会で力を使い果たしてしまったので
我慢ができなかったのが一点、見通しのつかない予定変更を
急に言われたことが一点、周囲の対応が二転三転して
自分の気持ちが振り回されたことが一点。

スモールステップという言葉にあるように、今日は
全校集会に参加できたことをもっと大々的に評価してくれる
先生がいるとだいぶ本人達にも励みになるのになぁ・・・

2008年12月18日木曜日

初出勤

12月1日からの予定が延び延びになり、2週間以上遅れて
ようやく支援員としての活動が始まり、緊張の時間を過ごしました。

色々とありましたが、心配していた当の本人は恥ずかしがりながらも
割と落ち着いて登校してきました。
私は彼女が荒れていた状態を知らないので何とも言いようがないの
ですが、とてもいい子でした。
ちょうどその当日が他のみんなが不在だったせいもあり、全ての
活動がマンツーマンかそれ以上の人数の大人が付くことなっていた点も
良かったのかもしれません。

その中で思ったことが二つ。
・親学級との関係について
・授業内容について

その子も夏頃までは参加もしていたようですが、現在親学級にほとんど
行けないらしく5教科以外の科目時の過ごし方に問題があったようです。
最初に親学級の担任の先生にご挨拶をさせていただきましたが、
何とか彼女も一緒に参加させたいという意思は感じられず
(まぁ3年生なので受験生で大変な時期なんでしょうが)
暖かく彼女を受け入れてくれる雰囲気作りは期待薄な印象でした。

そういう状況の中で残りあと2か月程度親学級に無理に参加させる
意義はあるのだろうか?ということを感じました。
とりあえず目の前の「毎日学校に来て勉強に取り組む」ことを目標に
してもいいんじゃないかと思いました。
ただ、もう卒業なのでその時に親学級と疎遠なままというのも
寂しいかもしれない・・・

あと一つは、勉強の内容。
漢字はもうやらないと仕方ないのかもしれないけれど、
数学なんかは計算問題なんかは「九九の表」などを使ってやってみたら
どうだろうと思うんですが、どうなんでしょうか。
単純計算をコツコツやることももちろん大切なんだと思いますが、
たぶん小学校から延々と基本的な計算問題をやり続けているであろう
ことを考えると、中学生の段階で九九がきちんと全部できない場合、
九九の表を見ながら解いたり、あるいは計算自体は計算機使用OKなど
にしたらダメなのかな、と。

図形の問題とかクイズ的な問題とか、計算でない数学とか
ちょっと面白がって出来るものじゃダメなのかな、と。
一般の常識に合わせた学習でなくてもいいような感じがしました。
できないからといって小学校3年生の問題、2年生の問題とレベルを
下げるのではなく中学生の問題をヒント付きで解くとか、
中学生なりのプライドを持たせつつ学習させることはできないんでしょうか。
(先生がレベルの低い授業をしているわけではありませんが
当人たちも色んな面で劣等感をものすごく持っているように思えました)

全然生徒たちにも慣れていないうちに今年の学校も終わってしまいます。
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2008年12月8日月曜日

できることとできないこと

本来ならもう勤務が始まっている時期だけれど、
延期延期でスタートは来週からになりそう。

考えれば考えるほど、想像は悪い方向に行ってしまう。
可哀そうと思っていては、相手のためにならないし、
その状況で生きている相手に失礼だ。

そもそも私自身のことでも、子どもの病気に対して
一番苦痛だったのは「可哀そう」と思われることだった。
私は可哀そうじゃないし、子どもも可哀そうな子どもじゃない。
憐みの視線と言葉には耐えられなかった。

この痛みを抱えながらも、精一杯の心と技術で関わることで
少しでも子どもたちの力になれたらいいなと思う。

それにはまず、私にできることとできないことの区別を
きっちりつけること。

私にはあの子たちの状況を変えることはできない。

あの子たちの不遇の環境を知った上で、
・あなた達の周りにはあなた達を気にかけ見守っている大人がいる、
 という二次環境をを作ること。
・困っていることへの具体的な手助けをしたり、後押しをしたり、
 褒めたりすることで、生きる力を伸ばすこと。
この2点をまず目標にしよう。
そのための知識と技術を身につけたいと思う。
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2008年12月4日木曜日

対象生徒の概要を聞いた

私が担当となる生徒の概要を聞いた。
その話を聞く限りでは、素人の私が一人ついたところで
どうなるものでもないのではないかという印象。
しばらくそのクラスを見学させてもらったけれど、
私の担当の生徒は不在なのに、他の生徒が暴れ出し
手がつけられなくなった。
少なくとももう一人専属の支援員が必要なんじゃないかと、、、
っていうか何人人がいてもどうしようもない、どこから
手をつけたらいいものやら途方に暮れてしまうという感じ。

人がつけば、学校の一場面で少しは落ち着くかもしれない
けれど、根本的なところがあまりにも不安定で心もとない。
そりゃ投げやりにもなるよな、と思ってしまう。
どうしたらいいんだろう?大丈夫だろうか?

本当に私は無力だ。
大変な状況にあるのは一目瞭然。
高校では「教育困難校」というくくりがあるけれど、
中学校では問題にもされていない。
生活保護や片親家庭が、学校全体の中でも一般の地域以上の割り合いを
占めており、学力も断トツに低い。
この子たちは中学校を出たら行くところがあるんだろうか。
運よく高校に行けたとしてもその後は?
特別支援が必要な子が18歳になったからと言って突然自立して
お給料をもらって一人暮らし、なんてできるはずもない。

こんな世界が身近にあったということ自体が衝撃だった。
あまりに私の周りやテレビの中とはかけ離れている。
私ができることなんてあるんだろうか。。。

私ができることといったら、周りで心を痛めることくらい。
本当に胸が痛んだ。
あの子たちには幸せになってほしい。
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2008年11月14日金曜日

たまたま見つけた隣町の仕事

ハローワークでかれこれ1年は職探しをしていました。
正社員を希望していたこともあり、なかなか決まらず
「残念ながら」の連続に落ち込んで就職活動が
止まってしまうこともしばしば。

そこで今度は正社員にこだわらず、隣町まで調べるように
なってしばらくしたある日、見つけました。
「特別支援教育支援員」の募集。

その後教育委員会で面接。
昔自閉症児をみていた経験があることと、一応教員免許状を
持っていたことがプラスになったようです。

どこが良くて採用してもらったのか不思議ですが
一生懸命やろうと思います。
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