2009年3月26日木曜日

卒業式も終り

3月10日に卒業式も滞りなく無事終了し、担当の生徒も笑顔で
巣立って行きました。
担任の配慮で、私にもお礼のカードを書いてくれており、
最後に恥ずかしそうに手渡してくれました。
そして同時に私の任務も終了となりました。

結局のところ、支援員という私が入って役に立ったのかどうか
よくわかりませんが、とにかく私も含めて関わる大人が
悩んだり汗をかいたりして、皆で力を合わせて見守るのが
最大の手助けなのかな、と感じました。

また卒業式の後、職員室で皆様から大きな花束をいただき、
大変恐縮しました。
教頭先生には配置が決まった時から本当に良くして頂きました。
当該生徒に対しても自分のことのように親身に考え、一緒に
考えて、どうしようもなく上手くいかない時には相談に乗って
いただき励まして下さり、非常に支えていただきました。

わずか4か月、実質は2か月ほどの日数の勤務だったのに
申し訳ないくらい、先生方と同じように扱っていただきました。
一生懸命に考えて働きかけ、色々やってみましたが、
力及ばずな面が多々あって、もっとできることはなかったか
反省しきりです。いつか恩返しがしたいです。

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2009年3月19日木曜日

中学校の特別支援学級

中学校における特別支援学級について考えています。

教育ブログ村の中で、通級教室に通っている子どもは
不登校のケースが結構ある、という記述を見ました。
私はこれ凄くよくわかる気がします。
通級教室は、その子にとって「他と比べて自分が劣っている」
と感じてしまう要因がないからだと思います。
その場で、自分が普通であるという安心感があるから
なんじゃないかと思います。

知識も経験も浅く勉強不足な私ですが、現場を見て
中学校における特別支援学級は大変難しいと感じました。
知能指数50~60台だと、身辺自立はできているし、
学力的に遅れてはいても、一般的な理解力はある場合が
多いのではないかと思います。
学校に評価というものがある限り、特別支援学級の生徒たちは
どうしても「自分たちは遅れている」と感じざるを得ません。

また、総合的な活動や技術や家庭科、音楽などの教科で
普通クラスに戻れば、自意識過剰な中学生の時期に、
慣れ親しんだ場所ではない、よそ者的な立場で授業に
参加することは、下手をすると学力面での差が目に見える形で、
皆の前に置かれるようなものなのではないかと思います。

学力面での差が全ての価値ではない、と私自身も
感じていますが、やはり学校という場においては
重要なファクターであると感じます。
学力が足りないと対人関係にもトラブルが起きやすいように思います。

もちろんこの時期の仲間、同年代の友達は非常に大切だし
孤立させることには何の価値もないとは思いますが、
中学校という、学力の差も著しい思春期の生徒たちに
劣等感を抱かせずに、生き生きした支援をするというのは
一体どうしたらいいのか、悩みが尽きません。

やっぱり学力の支援が一番大切な気もします。
笑いやお楽しみも外せないし、皆の中で自己肯定感を
育むのがポイントなのか・・・

どこか目標となるような取り組みをしているところは
ないかなぁと探しているところです。

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2009年3月7日土曜日

卒業式は誰のもの?

今まで散々問題行動で周囲を振り回してきた生徒も卒業です。
現在でも根本的にはあまり改善されておらず、今もなお
学校に不適応という状態にあると言ってもいいと思います。

集団への参加が苦手でもあるため、卒業式の練習にも
ほとんど参加できずにいますが、その子の分の椅子は
設置されています。

私もなんとか参加させようと直接的、間接的に、時には
裏から手をまわしてきましたが、体育館へは入っても
席につくことはできません。

でもふと疑問が湧きました。

周りは同級生も先生方も自分のことで手いっぱいということも
あると思いますが、今もなお先生の指示に従わないその子が
その椅子に座ることを望んでいるのか?許しているのか?

確かに、義務教育ですしその子がその場所に座って式に参加する
権利はあるわけですが、その子と一緒に後ろから式の練習風景を
見ていると、その場がその子を受け入れているようには思えません。
いつ何時暴れたり暴言を吐いたりするかわからない生徒に対して
積極的に受け入れる気持ちが湧かないのは当然かもしれませんが、
「そこは自分がいてもいい場所なのか?」という問いに
Yesというメッセージは感じられません。

子どもは、自分がその場にいてもいいのか悪いのか
敏感に察知するので、本人が入らないのか周りに拒絶されて
入れないのか微妙な感じもします。

皆でわーっと迎え入れる雰囲気があれば、入れそうな感じもしますが
今まで受けてきた仕打ちや態度を考えると、迎え入れたとしても
気分次第でいとも簡単に裏切ることは想像に難くなく、
それ故皆無関心です。
「席に着く気があるなら勝手にどうぞ」という空気の中、
私自身積極的に席に着くように働きかけることに意味はあるのか
という疑問が湧きあがってきました。

それでもやっぱり卒業生の塊に入れずポツンと離れている
その子を見ると心が痛みます。

卒業式は誰のものなのか?
それは卒業生のものであり、保護者のものであり、
先生のものでもあります。

卒業生が主役と言いますが、先生方にとっても責任を持って
送り出す儀式でもあると思います。
そんな中最後まで態度を改めることなく、問題行動を続ける子は
卒業生として尊重され祝福される側には入っていません。

それはそれで気持ちはわからないでもありません。

仕方のないことなのかもしれません。

どちらの気持ちもわからなくはないのですが、
やりきれない思いが心の隅に残ります。

卒業式当日にはきっと祝福の片隅に入れてもらって
卒業していくのだろうと思います。

支援って難しいです。

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2009年3月5日木曜日

怒りをコントロールできない子の理解と援助 

怒りをコントロールできない子の理解と援助―教師と親のかかわり
怒りをコントロールできない子の理解と援助―教師と親のかかわり
著者:大河原 美以
出版社:金子書房
出版日:2004-07


今私が求めていることがしっかり書いてありました。
今対応に困っている「キレる」子がいる学校の必読書だと思います。

「怒り」をどうコントロールするか、これが今私にとって一番の関心事です。
子どもたちにも「怒りはきちんと言葉にして表現しなくてはいけない」
と言葉にして伝えても、もうひとつ上滑りしてしまっている感があったのですが
この本を読んで、そのモヤモヤが綺麗に晴れました。

まずは「ネガティブな感情の社会化」という言葉だけでも納得です。

良い子であることだけを求められ、本人の中ににネガティブな感情が
閉じ込められる環境にあると、子ども自身の認知と身体が解離してしまう、
ということも大きく頷いてしまいました。

家ではいい子なのに学校に来て暴れて暴言を吐く、などというパターンは
まさにこの通りです。

本を読んで納得したからと言って、すぐに改善するほど簡単でもない
とは思いますが、具体的な支援の仕方のロールプレイや
親への対応の仕方、クラスでの当該児童以外の子どもへの対応の仕方など、
大変参考になりました。

支援対象の子どもの問題行動に周りの子どもたちは辟易していたり、
多大なる迷惑を被っていたりするわけで、その子どもたちの言い分も
ある意味正当なものであったりします。
そんな中で、担任と周りの子どもたちが支援する側、となるのを避ける、
というのも確かに・・・と納得です。

さらに、支援対象への批判は聞くだけにとどめ、
周りが頑張って気を使った部分を取り上げて感謝するなどの
具体的なポイントもわかりやすく、明日からでも心掛けようと思える
ものでした。

「怒り」の問題は難しいですが、この本は非常に参考になりました。

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2009年3月4日水曜日

「愛されたい」を拒絶される子どもたち

「愛されたい」を拒絶される子どもたち―虐待ケアへの挑戦
「愛されたい」を拒絶される子どもたち―虐待ケアへの挑戦
著者:椎名 篤子
出版社:大和書房
出版日:2007-07

以前この著者が原作の「凍りついた瞳」という漫画を読んで
衝撃を受けた記憶があります。
文字通り読んだ私自身も凍りついたという表現がぴったりで、本当に
ぞっとしたのと同時に、心が痛みやりきれない気持ちになったことを
鮮明に覚えています。

この本はたまたま行動障害系の本を探しに図書館に行った時に
パラパラと見て借りた本ですが、大変面白かったです。
後から「あのマンガの作者と同一人物が書いたものとわかり納得しました。
「凍りついた瞳」は現状を淡々と赤裸々に伝え、実態を知らしめることが
一番のテーマだったと思いますが、今回の本はさらに進み、保護した子どもを
どのようにケアしていくのか、というテーマでした。

舞台となる施設は、こういった活動が盛んで実績がある地方にあります。
私の思い込みかもしれませんが、関東はこういった動きがまだまだ少なく
地域によってかなり差があるのではないかと思います。
危機的な状況に直面しての思いは一緒なのだろうと思いますが
取組みとバックアップ体制には大きな開きがあるのではないかと感じます。

学会や講習会、講演会など目立ったものは関西で開催されるものが多く、
知っても参加できずにいるので、とても残念です。

この本は、重い虐待を受けた子どもに対して特定の個人と
愛着関係が結べるようにマンツーマンに近い環境で子どもを
育て直す試みや学校での対応など多方面から、病院とも手を組んで
育てる側の当事者目線で書かれています。

日々の小さなことの積み重ねが大事なのだとわかりますが、
一般化してどこの施設でも教育現場でも使えるかと言うと
現状では難しいと言わざるを得ません。

引き込まれて一晩で読んでしまいました。

考えさせられる一冊でした。

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